Friday, November 27, 2009

ゆめランド布野停車中の一畑「みこと」


休憩地布野とは道の駅「ゆめランド布野」で休憩のため立ち寄る高速バスの停車場のこと。今後自動車専用道路の区分になると思われる尾道松江線が建設中です。開通すると54号線の交通量が大幅に減りここに立ち寄る車も大きく減少するのはないかと今から心配されています。似たような例はあります。ちょうど中国自動車道が開通して長距離バスが立ち寄らなくなった吉田町や八千代町のケースです。これらの地域ではその後どのような取組みがなされたのでしょうか。今日は出雲市行き一畑みことが停車中です。(これに乗っているわけですが。)このようなことを考えてみるとこの風景も何時までと思ったりします。ただ20世紀というモータリゼイションが社会を主導した頃とは異なり今後21世紀はIT社会へと変貌してきています。これからもその価値観は大きく変わるでしょう。今後は道路オンリーの時代というわけではないように思えます。もしかしててこのあたりにこの問題を解決する鍵が隠されているかも知れません???

Thursday, November 26, 2009

紅葉の布野大仙


今日は紅葉も最後の段階に入った布野大山。もう見納めの時期になってしまいました。高さは700m級です。山麓には乳牛が飼育されている大仙牧場があります。ここの牛乳は「まるごと布野のアイス屋さん」のアイスクリームに使われていると聴いています。布野の名山の一つ。

Friday, November 13, 2009

赤名峠の秋-4~旧藩時代の備後・出雲国国境の碑(島根県)





こちらは島根県側に立てられている碑です。

赤名峠の秋-3~旧藩時代の備後・出雲国国境の碑(広島県)






赤名峠広島島根県境には旧藩時代の備後の国と出雲の国の国境の碑が2基立てられている。うち広島県側の碑は数年前近くの瀬戸八幡神社より里帰りしたものです。これらの国境の碑と案内板を様々な角度から写真で紹介してみます。

Tuesday, November 10, 2009

赤名峠の秋-2~県境






赤名峠は広島・島根両県の県境でもあり、ここを登っていくとそこには新旧の境を示す県境の立て札や旧藩時代の碑が立ち並んでいる。中央には「赤名峠 日本100名峠」と記されている。この道もかつては国道でありバスなどが数多く往来していた。赤名トンネルが開通する1964年まで。昔のバスはここの峠越えでも乗客がバスを降りて後ろから押していたのだろうか?はっきりした記憶ではないが聴いたことがあるような・・・・・?そんなことを考えながら県境までやってきました。

赤名峠の秋~旧備後国・出雲国国境まで徒歩にて!

広島県三次市布野町横谷の国道54号線から赤名峠を旧国道54号線、広島・島根県境( 旧備後・出雲国境付近)まで徒歩で登ってみました。ずっと凸凹道が続きます。旧国境付 近には旧国境を示す碑や案内板など立ち並んでいます。この峠は日本100名峠いも数え られています。また途中では旧出雲街道(銀の道)とも交わって県境にいたります。この 銀の道はかつて石見銀山と瀬戸内海の港を結んで銀を運んでいた道です。またこの峠では 4月と11月に国境線をかけて布野町と飯南町とで綱引きや駅伝大会が催されています。

Sunday, November 08, 2009

赤名峠の秋~旧国道54号線散策



国道54号線での赤名峠越えは1964年赤名トンネルが開通するまでは蛇行した山道でした。この道は県境に至る途中で銀の道、旧出雲街道と重なっています。かつてはちょうどトンネルの真上を回って県境を越えていました。今この道の沿線の多くは針葉樹林となっています。

横谷の紅葉



11月に入り横谷地方の山々も紅葉が深まってとても綺麗です。そこで古い横谷小学校跡付近の布野川支流にたたずむかえでの木と紅葉の中に映える旧横谷小学校の姿を写真に納めてみました。